直接原価計算と意思決定
全部原価計算の利益は、生産量によって製品1個あたりの固定費が変わるため、「たくさん作ると利益が増えて見える」ことがあります。固定費を製品原価に含めず期間の費用として扱う直接原価計算なら、売れた分だけ利益が動く素直な損益計算書が作れます。固定費調整で全部原価計算の利益へ戻す方法と、差額原価による意思決定の基礎までを固めていきましょう。
この単元で身につくこと
- 直接原価計算の損益計算書を作り、貢献利益と営業利益を計算できます。
- 固定費調整で、直接原価計算の営業利益を全部原価計算の営業利益に直せます。
- 追加受注や自製・外注の判断を、差額原価・関連原価の考え方で比較できます。
まずイメージ:固定費の扱いが利益の見え方を変える
ここまで学んできた計算はすべて、固定製造間接費も製品原価に含める全部原価計算でした。外部に報告する財務諸表はこの方式で作ります。ところが利益の管理には不便な面があります。生産量を増やすと1個あたりの固定費が薄まって単位原価が下がり、売れていなくても利益が増えて見えることがあるのです。
そこで社内の利益計画では、変動製造原価だけを製品原価とし、固定費は発生した期間の費用として全額差し引く直接原価計算を使います。売上高−変動費=貢献利益という前の単元「CVP分析と原価予測」の型が、そのまま損益計算書の形になったものです。ただし財務諸表には使えないため、期末には固定費調整で全部原価計算の利益に直します。この単元では、直接原価計算→固定費調整→意思決定の順に進みます。
直接原価計算の考え方と損益計算書
直接原価計算の損益計算書は、原価を変動費と固定費に分けて段階的に並べます。売上高からまず変動売上原価(販売した製品の変動製造原価)を引いて変動製造マージンを出し、次に変動販売費を引いて貢献利益、最後に固定費(固定製造間接費と固定販売費及び一般管理費)を全額引いて営業利益に至ります。
| 項目 | 金額(円) |
|---|---|
| 売上高(1,000円×1,000個) | 1,000,000 |
| 変動売上原価(600円×1,000個) | 600,000 |
| 変動製造マージン | 400,000 |
| 変動販売費(50円×1,000個) | 50,000 |
| 貢献利益 | 350,000 |
| 固定費(固定製造間接費250,000+固定販売費及び一般管理費50,000) | 300,000 |
| 営業利益 | 50,000 |
全部原価計算との違いは、固定製造間接費の置き場所に集約されます。比較して整理しましょう。
| 項目 | 全部原価計算 | 直接原価計算 |
|---|---|---|
| 固定製造間接費の扱い | 製品原価に含める(在庫に乗って翌期へ繰り越されることがある) | 製品原価に含めず、発生した期の費用(期間原価)にする |
| 利益の段階 | 売上総利益→営業利益 | 変動製造マージン→貢献利益→営業利益 |
| 使いみち | 外部報告用の財務諸表 | 社内の利益計画・管理(外部報告時は固定費調整で全部原価計算へ直す) |
確認:変動販売費は貢献利益の手前で差し引きますが、製品原価(変動売上原価)には含めません。製品原価になるのは変動製造原価だけです。
固定費調整——2つの営業利益をつなぐ
生産量と販売量が同じなら、全部原価計算と直接原価計算の営業利益は一致します。ずれるのは在庫が増減した期です。たとえば当期に1,000個生産して800個しか売れなかったとします。固定製造間接費が600,000円なら、全部原価計算では1個あたり600円が製品原価に乗るため、売れ残った期末在庫200個分の120,000円は資産(期末製品)に含まれて翌期へ繰り越され、当期の費用になりません。一方、直接原価計算では600,000円の全額が当期の費用です。この120,000円が、そのまま2つの営業利益の差になります。
したがって、直接原価計算の営業利益から全部原価計算の営業利益へは、次の式で橋を架けられます。
全部原価計算の営業利益=直接原価計算の営業利益+期末在庫に含まれる固定製造原価−期首在庫に含まれる固定製造原価
期末分を足すのは「当期の費用にならず在庫に隠れた固定費を、利益に足し戻す」ため、期首分を引くのは「前期の在庫から当期に流れ出て費用になった固定費」を反映するためです。在庫(仕掛品・製品)が増えた期は全部原価計算の利益のほうが大きく、減った期は小さくなります。
確認:符号は「期末は+・期首は−」。丸暗記ではなく、「期末在庫に乗った固定費は当期の費用にならなかった分」という理由ごと覚えましょう。
ユイ1,000個作って800個しか売れていないのに、全部原価計算のほうが利益が大きくなるのが不思議です。
サクラ先生固定製造間接費600,000円のうち、期末在庫200個分の120,000円が製品という資産に乗って翌期へ持ち越されるからです。当期の費用がその分軽くなるので、利益は大きく見えます。
ユイ直接原価計算は600,000円を全額その期の費用にするから、利益の差はちょうど在庫に乗った固定費の分になるんですね。
サクラ先生そのとおりです。だから固定費調整も「期末分を足して、期首分を引く」だけで2つの利益がつながります。
意思決定の基礎——差額原価・関連原価で比べる
工場では「この注文を受けるか」「部品を自分で作るか外注するか」といった判断が日々発生します。このとき比べるのは、案を選んだときに将来増減する原価・収益(差額原価・差額収益)だけです。意思決定に関係するこれらの原価を関連原価と呼びます。反対に、過去にすでに発生していてどの案を選んでも取り返せない原価は埋没原価と呼び、比較から除きます。どの案でも同額かかる共通固定費も、判断を変えないので原則除きます。
| 区分 | 比較に含めるか | 例 |
|---|---|---|
| 差額原価・差額収益(選択で将来増減する) | 含める | 追加の材料費・追加受注の売上・臨時に雇う検査員の給与 |
| 埋没原価(過去に発生し回収できない) | 含めない | 取得済みの設備の帳簿価額・過去の開発費 |
| 共通固定費(どの案でも同額) | 原則含めない | 工場全体の減価償却費・本社の管理費 |
追加受注の判断:生産ラインに遊休能力(余力)があるとき、通常より安い注文でも「増える売上−増える変動費(−増える固定費)」の差額利益がプラスなら、受けたほうが有利です。たとえば単価900円・1個あたり変動費700円の注文400個(追加の固定費なし)なら、差額利益=(900−700)×400=80,000円>0で受注が有利になります。通常の販売価格や、固定費込みの単位原価と比べるのではない点がポイントです(既存の販売に影響しないことが前提です)。
自製か外注かの判断:自製する場合は、その選択で新たに増える増分費用だけを積み上げます。比較は差額で行い、外注価格と「内製で増える材料費・労務費など(必要なら増分固定費も)」を並べます。たとえば部品1個を自製すると材料費400円+変動加工費280円=680円かかり、外注価格が720円なら、設備に遊休能力がある前提で自製が1個あたり40円有利(月1,000個なら40,000円)です。工場全体の減価償却費のように、自製でも外注でも変わらない費用は比較に入れません。
なお、こうした業務的な意思決定を体系的に学ぶ差額原価収益分析は、1級(簿記1級)の範囲です。
例題で型をつかむ
当期の資料は次のとおりである。販売単価2,500円、当期生産量1,000個、当期販売量800個(期首在庫なし)、1個あたり変動製造原価1,200円、1個あたり変動販売費100円、固定製造間接費600,000円、固定販売費及び一般管理費200,000円。直接原価計算による損益計算書を作成し、営業利益を求めなさい。
- 売上高を計算する:2,500×800=2,000,000円です。
- 変動売上原価を計算する:販売した800個分だけなので1,200×800=960,000円。変動製造マージンは1,040,000円です。
- 変動販売費を引く:100×800=80,000円で、貢献利益は960,000円です。
- 固定費を全額引く:600,000+200,000=800,000円で、営業利益は160,000円です。
| 項目 | 金額(円) |
|---|---|
| 売上高(2,500円×800個) | 2,000,000 |
| 変動売上原価(1,200円×800個) | 960,000 |
| 変動製造マージン | 1,040,000 |
| 変動販売費(100円×800個) | 80,000 |
| 貢献利益 | 960,000 |
| 固定費(600,000+200,000) | 800,000 |
| 営業利益 | 160,000 |
ここで迷ったら:変動売上原価も変動販売費も、生産量1,000個ではなく販売量800個で計算します。売上高に対応させるのは「売れた分」の変動費だけです。
例題1の資料にもとづき、全部原価計算による営業利益を求めなさい。固定製造間接費は実際生産量1,000個をもとに、1個あたり600円を製品原価に含めるものとする。
- 期末在庫を数える:1,000−800=200個。期末在庫に含まれる固定製造原価は200×600=120,000円です(期首在庫はゼロ)。
- 固定費調整を行う:160,000+120,000−0=280,000円です。
- 検算する:全部原価計算では製品1個あたり製造原価が1,200+600=1,800円、売上原価は1,800×800=1,440,000円。売上総利益は2,000,000−1,440,000=560,000円、販売費及び一般管理費は80,000+200,000=280,000円なので、営業利益は560,000−280,000=280,000円で一致します。
| 項目 | 金額(円) |
|---|---|
| 直接原価計算の営業利益 | 160,000 |
| +期末在庫に含まれる固定製造原価(200個×600円) | 120,000 |
| −期首在庫に含まれる固定製造原価 | 0 |
| 全部原価計算の営業利益 | 280,000 |
ここで迷ったら:在庫が増えた期(生産>販売)は、全部原価計算の利益のほうが大きくなる方向です。調整の符号(期末は+・期首は−)を、この向きと突き合わせて確かめましょう。
当社の製品の通常販売価格は1,000円、1個あたり変動費は700円である。新しい取引先から「2,000個を、通常より10%低い1個900円で購入したい」という追加注文が入った。生産ラインには余力があり、注文を受けても既存の販売と固定費には影響しない。(1)この注文を受けるべきか。(2)この注文のために検査員を臨時に雇い、追加の固定費300,000円が発生する場合はどうか。
- 増える売上を計算する:900×2,000=1,800,000円です。
- 増える変動費を計算する:700×2,000=1,400,000円です。
- 差額利益を判定する:1,800,000−1,400,000=400,000円>0なので、受注が有利です。通常価格の1,000円と比べるのではなく、増える分どうしで比べます。
- 追加固定費がある場合:400,000−300,000=100,000円>0で、それでも受注が有利です。検査員の給与は選択によって増える関連原価なので、比較に含めます。
| 項目 | 受注する | 受注しない | 差額 |
|---|---|---|---|
| 売上高の増加 | 1,800,000 | 0 | +1,800,000 |
| 変動費の増加 | 1,400,000 | 0 | −1,400,000 |
| 差額利益(追加固定費なし) | +400,000(受注有利) | ||
| 追加固定費(検査員の臨時雇用) | 300,000 | 0 | −300,000 |
| 差額利益(追加固定費あり) | +100,000(受注有利) | ||
ここで迷ったら:「通常より安い注文=損」と即断しないことです。判断の基準は差額利益の符号だけで、遊休能力があり既存の販売に影響しないという前提条件もあわせて確認します。
よくあるミス
ミニ演習(5問・即時採点)
Q1. 直接原価計算で製品原価に含めるものはどれですか?(答えを見る)
変動製造原価のみです。固定製造間接費は製品原価に含めず、発生した期間の費用として全額差し引きます。
Q2. 貢献利益を求める式はどれですか?(答えを見る)
売上高−変動費です。固定費を引く前の利益で、固定費の回収と利益の源になります。
Q3. 期首在庫なし・期末在庫200個・製品1個あたりの固定製造間接費600円のとき、全部原価計算の営業利益は直接原価計算の営業利益と比べてどうなりますか?(答えを見る)
120,000円大きくなります。期末在庫200個×600円=120,000円の固定費が資産に乗って翌期へ繰り越され、当期の費用が軽くなるためです。
Q4. 意思決定の比較計算から除くべきものはどれですか?(答えを見る)
過去に支払った設備の取得原価(埋没原価)です。どの案を選んでも変わらない原価は、判断材料になりません。
Q5. 遊休能力がある工場への追加受注(通常価格より安い単価900円・1個あたり変動費700円)の採否は、まず何で判断しますか?(答えを見る)
増える売上と増える原価の差額(差額利益)です。(900−700)×数量がプラスなら、受注が有利になります。
直接原価計算は変動製造原価だけを製品原価とし、固定費を期間の費用とする社内管理用の計算で、売上高→変動製造マージン→貢献利益→営業利益の順に段階表示します。全部原価計算の利益へは固定費調整(+期末在庫の固定製造原価−期首在庫の固定製造原価)で直します。意思決定では、選択によって将来増減する差額原価・関連原価だけを比べ、埋没原価と共通固定費は比較から除きます。これで工業簿記の学習ガイドは一巡です。